About Anto

7年前に薬と病院を一切止めた頃

それから8カ月後。

【おやど あんと】の由来

仲良しの姪っ子のつかう「ありがとう」が

「あんと」に聞こえて、素敵で好きな言葉であったということ。

「安堵」の“物事がうまく行って安心すること”や「AND」の“繋ぐ”という意味。濁点を取ることで、その言葉により純粋な意味合いに。

「50音順」の始まりと終わりの二文字。

そんな皆さんに親しみを持っていただける場所になれたらなという想いで、屋号を付けさせていただきました。




【プロフィール】

赤嶺貴仁 昭和56年5月16日生

大分県大分市出身

地元の高校卒業後、東京を始め、長野、沖縄、新潟、京都、山口、横浜、福岡、和歌山の地ではフリーター、スキー場、マリンスポーツのインストラクター、曳船の船長、料理人など数々の仕事を経験。旅で行った都道府県は44。海外は12ヵ国。(2019/1/3現在)

様々な地で御縁、学び、経験や体験を経て、今から2年前に、大分県竹田市で宿を小さく営みながら、田や畑を耕しながら、時々、九州各地のイベントに菜食料理で出店。 


 今から10年前頃より、元々幼少時代より軽度にあったアトピー性皮膚炎が悪化。あちこちの有名な病院を転々とするようになり、ステロイド剤依存症皮膚症になり、薬漬けの状態になり、終いには薬が一切効かなくなりました。薬の副作用は内臓、精神的な部分にも表れて、心身ともにボロボロの状態に。命を絶とうと思ったことも何度もありました。そんなどん底の時に手にした本に「自然療法」や「脱ステロイド」の文字。

 その後、病院、薬を一切断ち、自分一人で湯治生活、食事療法を始めました。翌日から好転反応によるリバウンドや離脱、長年、体の奥底に、溜まった薬の解毒症状、薬の副作用によるホルモンバランスの乱れなどで、昼夜のサイクルが壊れてしまい、睡眠が一切取れない時期が半年以上続いたり。今思えば、長年の薬の影響からの、鬱状態、超潔癖症状態、対人恐怖症など、精神的な部分にも、いろんな影響が表れていたように思います。今思い返しても地獄ような8カ月間の日々を、お陰様で乗り越えることができました。 ある程度、身体が回復出来た頃に、なにか療養の何かヒントが得られないかと、10年ぶりにバックパックを背負い、長期間の海外放浪の旅に行ってきました。 

 療養中、半年間は心身ともに状態が悪く、布団にくるまっているか、温泉に入っているかで、外出もほとんどできずに、引きこもり生活に。人生初めて、自分の内面とじっくりと向き合えた、そんな貴重な時間を過ごせた後でしたから、この旅はさらに自分に、大きな気づきや学びを与えてくれました。 

 

 おかげさまで、ようやく心身共に整うことができ、今は田畑を耕したり、登山したり、毎日温泉に入って。自然と地球と寄り添って、ワクワクと充実した毎日を過ごさせていただいております。当たり前に毎朝、目覚められて、健康で居られること、生かされている命。そんな日々がここに在るということが、尊く、ありがたく想います。


 身体が繊細で敏感であったからこそ、正常な反応を示してくれていた、“アトピー”という症状。対処療法を選択して30年近く、自分の身体に負担をかけ続けて、受け入れようともせずに、隠すようにごまかすように、“ステロイ依存性皮膚症“という、取り返しのつかないところまでの経験。  今になってようやくアトピーであった自分、ステロイド依存であった自分。今になってすべてを受け入れることができ、ようやく自分自身のことを愛することができ、感謝することができました。ありがとうございます。


”あるがままの自分で”

”自分らしく生きる”


 温泉、登山、観光の拠点、九州への移住の下見などなど。これから、この場所を必要とされる方々に想いが届きますように...   

             赤嶺貴仁